社会 第6章
中世
問題編
鎌倉〜室町・戦国への入口
学力向上テクニック — 問題の使い方
- わからない問題には ×、あやしい問題には △ の印をつけ、あとで答えを見ずに解き直す。
- ⑤:用語・位置・時代の確認
- ⑥:資料の読み取り1段
- ⑦:比較・因果・記述(根拠つき)
- ⑦は定期テスト後半〜実力テスト形式。途中の考え方も答案に残す。
- 中世は武士政権の変化と対外関係(元寇など)を因果で。
- 荘園・守護など用語を役割で説明する。
① 導入
鎌倉〜室町(応仁の乱まで)の中世を、幕府と因果で学びます。
1回の演習で全部できるようになる必要はありません。わからないところは繰り返しましょう。
年表の向き(古い→新しい)と、年数の引き算を確認しましょう。
② 基本概念
鎌倉幕府
源頼朝・守護地頭・御恩と奉公・執権(北条氏)・承久の乱・元寇・永仁の徳政令。
室町幕府
足利尊氏・南北朝・足利義満・応仁の乱・下剋上。
③ 図解

将軍→御家人へ領地保護(御恩)。御家人→将軍へ軍役(奉公)。

北条氏が将軍を補佐し実権を握るのが執権。左の摂関(藤原氏)と混同しない。

この単元の範囲は鎌倉〜応仁の乱。奈良・平安は前の単元(古代)。
④ 例題
1192年に征夷大将軍となり鎌倉幕府を開いた人物は誰か。

1274年・1281年の元の襲来を何というか。
⑤ 基本問題
まず小学校の復習を4問。
【小学校の復習】1221年と1467年ではどちらが古いか。
【小学校の復習】年表は古い方から読む。正しいか。
【小学校の復習】1185年と1192年ではどちらが先か。
【小学校の復習】人物名だけでなく、その人が何をしたかも大事。正しいか。
将軍が御家人の領地を保護することを何というか。

御家人が軍事奉仕することを何というか。
鎌倉幕府で将軍を補佐し実権を持った地位は何か。
1221年、後鳥羽上皇が起こした戦いを何というか。
元寇のときの執権は誰か。
1297年、幕府が出した法令を何というか。
1338年に室町幕府を開いた人物は誰か。
1467年に起こった戦乱を何というか。
実力者が上の身分を倒す風潮を何というか。
守護・地頭のうち、国ごとの軍事・警察を担ったのはどれか。
⑥ 標準問題
文永の役(1274)と弘安の役(1281)の間は何年か。
摂関政治と執権政治のちがいを述べなさい。
承久の乱の結果、幕府の力はどうなったか。
元寇後に御家人が苦しんだ理由を一つ述べなさい。
鎌倉幕府が滅亡した年は何年か。
南北朝を統一した将軍は誰か。
応仁の乱のきっかけとして適当なものはどれか。
1338年から1467年までは何年か。
地頭の役割を短く答えなさい。
中世を人物名だけで覚えてはいけない理由を述べなさい。
⑦ 応用・実力テスト形式
1185年の平氏滅亡のあと、源頼朝が得た権限(守護・地頭)が幕府の力の基盤になる理由を述べなさい。
御恩と奉公の向きを、「将軍」「御家人」の語を用いて説明しなさい。
元寇について、(1)〜(3)に答えなさい。
【資料】元寇
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1274 | 文永の役 |
| 1281 | 弘安の役 |
(1) 二度の襲来をまとめて何というか。
(2) 当時の執権は誰か。
(3) 御家人の負担になった理由を「防衛」「恩賞」の語で述べよ。
⑦は定期テスト後半相当(複合・記述)。外部は物差しのみ。作問定規:用語・資料読取→本アプリ⑦((1)(2)(3)+記述)。
応仁の乱のあと「下剋上」が広がった、とはどういうことか。実力と身分の語を用いて述べなさい。
鎌倉幕府と室町幕府の開き手を答え、それぞれの幕府が開かれた年(1192 / 1338)と結び付けて述べなさい。
中世の主従関係について、(1)〜(3)に答えなさい。

(1) 将軍が行うのは御恩と奉公のどちらか。
(2) 執権政治で実権を持った一族は何か。
(3) 御恩と奉公が幕府を支えたしくみを40字程度で述べよ。
⑧ 確認テスト
制限時間:20分 / 満点:100点(各20点×5問)
鎌倉幕府を開いた人物は誰か。
元寇の執権は誰か。
室町幕府を開いた人物は誰か。
応仁の乱は何年か。
御家人が行う軍事奉仕を何というか。
⑨ 完全解説
問題編の解答・解説は解説編を参照してください。