社会 第6章
中世
解説編
鎌倉〜室町・戦国への入口
図で復習する(本体)
解説を読む前に、図の日本語ラベルでもう一度構造を確認してください。文章は図で足りないところだけ補います。

将軍→御家人へ領地保護(御恩)。御家人→将軍へ軍役(奉公)。

北条氏が将軍を補佐し実権を握るのが執権。左の摂関(藤原氏)と混同しない。

この単元の範囲は鎌倉〜応仁の乱。奈良・平安は前の単元(古代)。
① 導入
鎌倉〜応仁の乱までの中世を、幕府と因果で確認します。
② 基本概念
問題編の基本概念と要点編の図(御恩と奉公・執権)を先に見る。
④ 例題 解説
例1
1185年守護・地頭→1192年征夷大将軍。開き手は源頼朝。
答え:源頼朝
つまずき:足利尊氏(室町)と混同。
例2
1274文永・1281弘安。まとめて元寇。執権は北条時宗。
答え:元寇
つまずき:「源頼朝」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
⑤ 基本問題 解説
復習1
西暦は数が小さい方が先なので、1221年は1467年より古い。答え:a
つまずき:「a」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
復習2
出来事の原因と結果を順に追うため、年表は古い年代から新しい年代へ読む。答え:a
つまずき:「a」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
復習3
西暦の数が小さい1185年が先で、征夷大将軍となった1192年が後。答え:a
つまずき:「a」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
復習4
人物名だけでなく地位と行為を結び付けると、似た人物を区別できる。答え:a
つまずき:「a」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
1
将軍から御家人へ領地の保護や新しい土地を与える働きかけが御恩。
答え:御恩
つまずき:奉公と向きを逆にする。
2
御恩への見返りとして、御家人から将軍へ軍役や警護を行うのが奉公。
答え:奉公
つまずき:「御恩」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
3
鎌倉幕府で将軍を補佐し、北条氏が政治の実権を握った地位が執権。
答え:執権
つまずき:「執権」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
4
1221年、後鳥羽上皇。幕府勝利→幕府の力が全国へ。
答え:承久の乱
つまずき:「承久の乱」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
5
1274年と1281年の元の襲来に、鎌倉幕府の執権として対応した。答え:北条時宗
つまずき:「北条時宗」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
6
1297年、御家人救済の法令。効果は一時的。
答え:永仁の徳政令
つまずき:「永仁の徳政令」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
7
1338年に征夷大将軍となり、京都を中心とする室町幕府を開いた。答え:足利尊氏
つまずき:「足利尊氏」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
8
将軍家の後継ぎ争いなどから1467年に始まり、京都を中心に続いた戦乱。答え:応仁の乱
つまずき:「足利尊氏」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
9
身分が下の者でも実力で上の者を倒して地位を奪う風潮を下剋上という。
答え:下剋上
つまずき:「下剋上」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
10
国ごとの軍事・警察=守護。地頭は荘園・公領。
答え:守護
つまずき:「守護」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
⑥ 標準問題 解説
11
弘安の役1281年から文永の役1274年を引き、1281−1274=7。答え:7
つまずき:「7」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
12
摂関=藤原氏が天皇を補佐。執権=北条氏が将軍を補佐。
答え:補佐する相手と一族が違う
つまずき:「補佐する相手と一族が違う」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
13
幕府勝利のあと、幕府の支配が全国に広がった。
答え:全国に広がった(強まった)
つまずき:「全国に広がった(強まった)」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
14
防衛負担はあるが、新しい恩賞(土地)が少なかった。
答え:恩賞(新恩)が少なかった
つまずき:「恩賞(新恩)が少なかった」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
15
後醍醐天皇らの倒幕運動により鎌倉幕府が滅亡した年。答え:1333
つまずき:「1333」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
16
1392年に南朝と北朝を統一し、室町幕府の力を強めた将軍。答え:足利義満
つまずき:「1333」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
17
義政の後継ぎ争いなどがきっかけ。大化の改新は古代。
答え:b
つまずき:「b」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
18
室町幕府成立から応仁の乱までなので、1467−1338=129。答え:129
つまずき:「129」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
19
地頭は荘園・公領ごとに置かれ、土地の管理や年貢の取り立てを担った。答え:荘園・公領の管理
つまずき:「129」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
20
地位と因果が残らないと、似た名前で取り違える。
答え:地位と因果が大切だから
つまずき:「地位と因果が大切だから」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
⑦ 応用・実力テスト形式 解説
21
守護・地頭を置けると、国や荘園の軍事・土地に関われる。
答え:国や荘園に役人を置き、軍事・土地支配に関われるから
つまずき:守護(国)と地頭(荘園・公領)の置かれ方を取り違えない。
22
将軍が御恩(領地保護)、御家人が奉公(軍役)。
答え:将軍→御家人へ御恩、御家人→将軍へ奉公
つまずき:語だけ答えて向きを書かない。
23
(1)元寇 (2)北条時宗 (3)防衛したが新しい恩賞が少なかった。
答え:(1)元寇 (2)北条時宗 (3)防衛したが恩賞が少なかった
つまずき:元寇と北条時宗、恩賞不足の三点をセットで答える。
24
まず応仁の乱で幕府の統制が弱まる。次に実力のある者が上の身分を倒す。だから下剋上。
答え:実力のある者が上の身分を倒して地位を奪う風潮(下剋上)。
つまずき:応仁の乱で統制が弱まった後に下剋上が起きる流れを逆にしない。
25
まず鎌倉=源頼朝(1192年将軍)。次に室町=足利尊氏(1338年将軍)。年と人物をセットにする。
答え:源頼朝(1192)と足利尊氏(1338)
つまずき:1192年源頼朝と1338年足利尊氏を取り違えない。
26
(1)将軍側=御恩 (2)北条氏 (3)土地保護と軍役の双方向で幕府が立つ。
答え:(1)御恩 (2)北条氏 (3)御恩と奉公の主従で幕府を支えた
つまずき:御恩(将軍→御家人)と奉公(御家人→将軍)の向きを混同しない。
⑧ 確認テスト 解説
1
1192年に征夷大将軍となり、鎌倉幕府を開いた人物。答え:源頼朝
つまずき:「(1)御恩 (2)北条氏 (3)御恩と奉公の主従で幕府を支え」と紛らわしい別解を選ぶ/書き方を崩す。
2
文永・弘安の二度の元寇に、執権として対応した人物。答え:北条時宗
つまずき:「源頼朝」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
3
1338年に征夷大将軍となり、室町幕府を開いた人物。答え:足利尊氏
つまずき:「北条時宗」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
4
将軍家の後継ぎ争いなどから応仁の乱が始まった年。答え:1467
つまずき:「足利尊氏」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
5
御恩を受けた御家人が将軍へ軍役や警護で応えること。答え:奉公
つまずき:「1467」と紛らわしい別解・別手順と取り違える。
⑨ 完全解説
間違えた問は要点編の図(御恩と奉公・執権)に戻り、矢印の向きだけ書き直す。